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石垣の城として知られている丸亀城跡には、現在、重要文化財の天守と大手門、県指定文化財の藩主の玄関先御門が江戸時代の現存木造建造物として残っています。
本来、山上には天守以外に十一棟の隅櫓とそれを繋ぐ渡櫓や門などがありました。
史跡丸亀城跡保存修理事業として平成3年度から毀損石垣の修復を実施していますが、この事業の最終目標である京極氏時代の完全復元、いわゆる「隅櫓・渡櫓」の復元を目指し、これらの建物が完全復元できる古写真を収集するものです。
復元に必要な写真資料として下記すべての条件が必要となります。完全復元を目指しているため、古写真一枚ではこれらの条件を満たすことは難しく、複数の古写真が必要となります。
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募集絵はがきができました。
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隅櫓・渡櫓が写っている写真(天守や大手門・藩主の玄関先御門の写真ではありません) |
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明治2年(1869)の旧御殿焼失に伴い三の丸戌亥櫓が火災で焼失しています。その他の隅櫓、渡櫓は明治9から10年(1876〜77)頃に取り壊されましたので、古写真は明治初期のものが必要となります。 |
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隅櫓・渡櫓すべての外観が判る写真
(1)建物の向き
(2)階数
(3)外部の意匠(破風・窓・狭間等が判るもの) |
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隅櫓・渡櫓の高さの判る写真(石垣や樹木が写っているもの) |
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建物内部を写した写真(骨組みがわかるもの) |
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| 丸亀城の古写真はあまり知られていません。復元に必要な古写真の条件はかなり厳しいものですが、上記の条件を満たす情報があればご一報下さい。 |
参考資料 |
丸亀城木図(黄色の網掛け部分が今回写真提供を呼び掛けている箇所) |
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丸亀城平面図(オレンジ色の網掛け部分が該当箇所) |
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目的 |
市のシンボルである丸亀城には江戸時代初期の木造建造物である天守と大手門、藩主の玄関先御門が残っている。本来、山上には天守を中心に隅櫓※1や渡櫓※2があり、高石垣の城壁の上に白壁の建物が巡る美観を誇っていた。市としてはこれら櫓・渡櫓の復元を目指しているが、資料不足により文化庁の許可が得られる状況となっていない。
そこで、櫓復元をはじめ京極氏時代の完全復元を目指すうえに必要となる写真資料を総額1,000万円の懸賞金を懸けて募集する。
※1 隅櫓 石垣隅角部に建つ2階建て建物
※2 渡櫓 石垣上に建つ細長い1階建て。櫓と櫓をつなぐ建物。 |
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募集期間 |
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実施機関 |
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懸賞金対象資料 |
| 明治初期に焼失及び取り壊された山上の隅櫓・渡櫓を復元できる古写真。(明治9年頃以前の写真) |
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懸賞金対象者 |
| 明治初期に焼失及び取り壊された山上の隅櫓・渡櫓を復元できる古写真の提供者。 |
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審議会の設置 |
| 提供された資料の価値を調査・検討するため、専門家による「審議会」を設置する。 |
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懸賞金基準 |
(1)完全復元(隅櫓11箇所・渡櫓11箇所)の資料と認められるとき (1,000万円)
(2)完全復元はできないが、一部の櫓・渡櫓が復元可能な資料として認められるとき (審議のうえ決定)
(3)復元資料として使用できないもの (0円) |
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問合せ先 |
| 丸亀市文化財担当 0877-23-2111(代表) |
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