うちわ

丸亀うちわは、江戸初期に金比羅参詣の土産物として、朱赤に丸金印の渋うちわが作られたのが始まりといわれています。天明年間(1781~1789年)には、丸亀藩江戸詰大目付瀬山登が丸亀藩の下級武士の内職として奨励したこともあり、丸亀の代表的な地場産業として発展を続けました。現在の生産量は年間約8,300万本、全国シェアの90%を誇り、平成9年5月、国の伝統的工芸品に指定されました。

画像:うちわ

クーラーや扇風機の普及など生活様式の変化とともに、うちわの需要は昭和30年前後の最盛期に比べて減少しています。しかしながら、風情あふれるうちわは、日本の夏に欠かせない風物詩として、根強い人気を保っています。

画像:瀬山登像と太助灯籠

丸亀のうちわづくりがここまで発展した理由の一つに、うちわの材料がすべて近くで間に合ったことが挙げられます。
丸亀地方では「伊予竹に土佐紙貼りてあわ(阿波)ぐれば讃岐うちわで至極(四国)涼しい」と歌い継がれています。すなわち、竹は伊予(愛媛県)、紙は土佐(高知県)、ノリは阿波(徳島県)というように、材料はすべて近くに産地がありました。交通が不便だった江戸時代にはもちろん、現在でも材料が手近に求められることは、大きい強みになっています。
うちわの町らしく、丸亀城の内堀のほとりに、この歌を刻んだ石碑もみられます。

画像:丸亀うちわ石碑

江戸初期からの長い伝統を持つ丸亀うちわも、最近の急激な生活様式の変化で、需要が減り、苦しい時期を迎えています。台所からはかまどや七輪が消え、夏に涼を取るにもエアコンの普及で、暮らしの中でうちわの必要性が乏しくなっています。
しかし、手づくりうちわの素朴な味わいは捨てがたい魅力があります。やはり、浴衣姿にはうちわが似合います。

画像:うちわ

全国に誇る地場産業のうちわを守るために、インテリアにも使えるデザインうちわや、民芸品としての高級うちわの開発など、さまざまな業界努力も続けられています。幸い、ゆとりと豊かさを求める生活ニーズの高まりとともに、伝統文化のよさを再認識する風潮も芽生え、うちわ業界にとっても明るい環境がきざし始めています。
「たたみと浴衣があるかぎり、日本人の暮らしからうちわはなくならない」ともいわれます。私たちが心から誇りに思える丸亀うちわの名声復活が強く望まれています。

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