| 西暦 |
年号 |
記事 |
| 1532〜55 |
天文年間 |
丸亀山、奈良氏の支配下にある。『南海通記』 |
| 1587 |
天正15 |
生駒親正、讃岐国に封ぜられる。 |
| 1597 |
慶長2 |
生駒親正・一正父子、丸亀城築城に着手する。 |
| 1602 |
慶長7 |
生駒一正、丸亀城から高松城へ移り丸亀城に城代を置く。 |
| 1615 |
元和1 |
一国一城令により丸亀城廃城となる。 |
| 1640 |
寛永17 |
生駒氏所領没収。出羽国由利郡矢島に転封となる。伊予大洲藩加藤氏の預かりとなる。
|
| 1641 |
寛永18 |
天草郡富岡城主、山崎家治、西讃岐5万石余の領主となる。 |
| 1642 |
寛永19 |
山崎家治、生駒氏の城跡地に城地を決定する。 |
| 1643 |
寛永20 |
山崎家治、当年の参勤交代を猶予される。幕府から銀300貫を得て丸亀城を再築する。 |
| 1645 |
正保2 |
幕府の命により丸亀城の絵図を提出する。(正保城絵図) |
| 1649 |
慶安2 |
幕府、山崎氏に丸亀城の修復・普請の指示をする。 |
| 1656 |
明暦2 |
高松藩の記録によると丸亀城中残らず焼失という。 |
| 1657 |
明暦3 |
山崎氏絶家。大洲藩加藤氏在番する。 |
| 1658 |
万治1 |
京極高和、丸亀藩主となる。石高6万67石。 |
| 1660 |
万治3 |
丸亀城天守完成する。 |
| 1670 |
寛文10 |
丸亀城大手門を南から北の現在地に移す。城内城屋敷の建設。 |
| 1688 |
貞享5 |
下金倉村の海浜の中州へ京極家別邸をつくる。(現中津万象園) |
| 1694 |
元禄7 |
高或3代藩主となり、兄高通に多度津1万石を分ける。 |
| 1707 |
宝永4 |
丸亀で大地震が起こる。 |
| 1768 |
明和5 |
画家・俳人の与謝蕪村、富屋町の妙法寺に滞在する。 |
| 1777 |
安永6 |
天守鬼瓦銘。翌年に城内の普請完成。 |
| 1789 |
寛政1 |
十辺舎一九、丸亀に上陸し、善通寺・金毘羅参詣をする。 |
| 1806 |
文化3 |
福島湛甫を築く。 |
| 1833 |
天保4 |
新堀湛甫を築く。 |
| 1854 |
安政1 |
丸亀大地震が起こる。 |
| 1869 |
明治2 |
京極朗徹、版籍を奉還する。城内屋敷の建設。 |
| 1874 |
明治7 |
陸軍省の所管となった丸亀城の番丁に丸亀営舎が完成する。 |
| 1876〜77 |
明治9〜10 |
この頃城内の櫓、多聞が取壊される。 |
| 1919 |
大正8 |
丸亀市が山上部を借地して亀山公園として開設する。 |
| 1926 |
大正15 |
国有地の一部が払い下げられる。 |
| 1943 |
昭和18 |
丸亀城天守国宝となる。 |
| 1945 |
昭和20 |
内濠以内の城跡が公園として一般開放される。 |
| 1946 |
昭和21 |
南海大地震が起こる。 |
| 1948 |
昭和23 |
外濠の埋め立てが始まる。 |
| 1950 |
昭和25 |
天守の解体修理が完成する。翌年天守が重要文化財となる。 |
| 1953 |
昭和28 |
丸亀城跡が国指定史跡となる。 |
| 1957 |
昭和32 |
丸亀城大手門が重要文化財となる。 |
| 1976〜78 |
昭和51〜53 |
第1次石垣修復。 |
| 1987 |
昭和62 |
天守化粧直し |
| 1990 |
平成2 |
史跡丸亀城跡保存修理事業が始まる。 |
| 1991 |
平成3 |
第2次石垣修理工事始まる。 |
| 1993〜94 |
平成5〜6 |
本丸・ニの丸整備。 |
| 1997 |
平成9 |
築城400年祭が行われる。 |